経験もなく情報もなく、痛みや重みがわからないと
人は自分の中の正しさという切れない包丁で
目の前に下がるこぶを危なっかしく切ってみせる。
正しさを振り翳すことが正しくないということがわからない。
こぶの中に溜まっていたのが黒い血である事も知らずに
ずたずたにして返り血を浴びて真っ黒、頭の先から汚臭が漂い
己が不愉快になった原因すらわからない。楽しくない、楽しめない。
鏡に映る自分が黒く汚れていることも見抜けず、
見えたとしても自分の手による汚れだなどととは露知らず、犯人を捜しに出歩く。
不用意に人を傷つける者は、自分の肌を露わに曝け出して自分を刻みつける力が、
その手に同時にあって働いていることを知らない。
それが稚拙さを物語り、ひとを手放すなどとは夢にも思わない。
高潔なる鏡子であれ。
自信がないのであれば、せめてありのままの自分を映す力のある者であれ。
今は自分ひとりを抱きしめ続ける力を、その手に意識する可愛い人間であれ。
三島 由紀夫 新潮社 1964/10 ¥780
人は自分の中の正しさという切れない包丁で
目の前に下がるこぶを危なっかしく切ってみせる。
正しさを振り翳すことが正しくないということがわからない。
こぶの中に溜まっていたのが黒い血である事も知らずに
ずたずたにして返り血を浴びて真っ黒、頭の先から汚臭が漂い
己が不愉快になった原因すらわからない。楽しくない、楽しめない。
鏡に映る自分が黒く汚れていることも見抜けず、
見えたとしても自分の手による汚れだなどととは露知らず、犯人を捜しに出歩く。
不用意に人を傷つける者は、自分の肌を露わに曝け出して自分を刻みつける力が、
その手に同時にあって働いていることを知らない。
それが稚拙さを物語り、ひとを手放すなどとは夢にも思わない。
高潔なる鏡子であれ。
自信がないのであれば、せめてありのままの自分を映す力のある者であれ。
今は自分ひとりを抱きしめ続ける力を、その手に意識する可愛い人間であれ。
三島 由紀夫 新潮社 1964/10 ¥780
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