真夏の昼だった。
それでも風が吹いていて、
膝丈のフレアースカートが揺れた。
父がお前に似合う、というブルーのサマーセーターを
わたしは着ていた。洗濯物を干していたのか、家の前を掃除してたのか覚えていない。遠くから初老の背の高い男性がまっすぐ、わたしを見つめていた。お土産の包みを片手に笑顔を浮かべたので、わたしも笑った。地球にふたりしかいないような、静かな数分だった。
時々見かける、目立って品の良い早稲田ボーイの父の友人だった。
サッカーを教える彼が家に来ると、
アディダスの定番・カントリーのグリーンが玄関に置かれた。
65歳を過ぎているのに、端正な風貌に良く似合っていた。
数年前のその瞬間、誰にも話してはいけない憧れが小さく小さく生まれた。
昨年の初めは肺癌になった、と両親が家で話していた。
最近退院したのに、今度は食道癌で入院した、と先週聞いた。
お見舞いに行く理由がない。父に知られても訝しい。
でも、もう一度。もう一度だけ顔が見たい。そう思う。
ひとつの角砂糖が溶けて胸に滲むように憧れてしまった、
あの夏の一瞬を、ひとり、胸の奥に噛み締める。

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