神だのみ
2004年4月4日 この一年、体調が悪い。
ほとんど毎日、眩暈と頭痛がして「意識」が不明瞭だ。心臓にも痛みが走る。低血圧だから、と言われた。大きな声や物音が頭に響く。体調の不調を、いちいち口にしていたら気を回されるし仕事にならないので、よほどでなければ滅多に言わない。ずいぶん医者に通っている。わかり易い検査結果はなく、医学的な原因はわからない。
世の中の戦力となりえる真ん中の年齢となり、強い発言も許され、加速的に縁が広がり必要とされる場所が増えた。とても幸せだ、と思う。しかし、生活の忙しさが増すのを諦観するように、背中に「死」を感じるのだ。病気で死にいく無抵抗なイメージが、長くも短くもはっきりとできる。不安はない。寿命を思えば誰にもわからないことだ。自殺以外は、個人が決めれる問題ではないから、あまり深く不安は覚えない。考えられない。
二十代前半から「縁があって生まれて来た」と、思っていた。思想で結ばれた世代の両親が、大恋愛だった。近年は「神様に、ほら、また遊んで来なさい。じゅんばん、じゅんばん。」と、背中を押されて、順番に何度も輪廻転生を繰り返しているイメージになった。自分を喜んで気持ちよく遊んでいこう、と思う。自然と、一瞬一瞬の気持ちに良い厳しさと集中力が増す。
わたしは、三歳の息子を生活に抱いている。
一度結婚はした。が、別居を続けたためシングルマザーのまま、二年前に離婚した。先月、コンビニのトイレで意識が落ちてしまい、初めての救急車に乗った。事情のわからない息子の笑顔を何とか片目に捕らえながら、手足がガタガタと震え続けた。心臓の爆音を聞きながら「神様、もう少し。頼むから、がんばるから、もう少し生かして。」と、真剣に願った。命の淵に立ったようになれば、前文に書いたように、かっこよくはなれない。
体力がないと、「きつさ」が増すように思う。子供の屈託のない要求や成長を遂げるパワーに臨むのにも、必死だ。愛情を持ち合う親子だが、一対一のマンツーマンの場面も多い。
最短だとしても、何とか残り15年は生きたい。息子が18歳になる。わたしが彼に願うことは、たったひとつだ。「逃げないで、がんばり抜く。」という力だけ。その確かさだけを青年への通過点で、確認したい。あとは、心配しない。それだけあれば、どこへ走って何の仕事でもいい。彼の感性の感じるままに、自由に飛ぶことを望む。
人間の基盤は三歳前から築かれている、と思う。親になって諺どおり、確かに感じる。それが、十代を生き二十代の精神的な土台を造る。そして、三十代のチャレンジになる。全て間違いなく、つながっていく。ご縁が呼んで訪れるチャンスに乗れるかどうかも、その「向き合う力」の如何にかかっている、と思う。三歳の彼と向き合うことは、自分の人生に向かう背中を見せながらでわたしは不器用だが、手抜きなく抜かりなく差し向けたい。
わたしは死ぬまでに一度、会いたい男性がいる。淡々と生活するのだが、彼のことを考えない日はない。自省的な生活に向かう精神になった、深い「きっかけ」をくれた男性だ。わたしの弦が勝手に、彼の生き方から拾ったことで迷惑かもしれない。その気持ちは、説明ができない。区別して理性的に考えて、言葉にしようと思ってもできない。このまま会わないで、無念な気持ちを持ってお墓に入りたくない。
神さまへ、お願い。このふたつを叶えてください。
機嫌よく、使命を果たしますから。パン!パン!
ほとんど毎日、眩暈と頭痛がして「意識」が不明瞭だ。心臓にも痛みが走る。低血圧だから、と言われた。大きな声や物音が頭に響く。体調の不調を、いちいち口にしていたら気を回されるし仕事にならないので、よほどでなければ滅多に言わない。ずいぶん医者に通っている。わかり易い検査結果はなく、医学的な原因はわからない。
世の中の戦力となりえる真ん中の年齢となり、強い発言も許され、加速的に縁が広がり必要とされる場所が増えた。とても幸せだ、と思う。しかし、生活の忙しさが増すのを諦観するように、背中に「死」を感じるのだ。病気で死にいく無抵抗なイメージが、長くも短くもはっきりとできる。不安はない。寿命を思えば誰にもわからないことだ。自殺以外は、個人が決めれる問題ではないから、あまり深く不安は覚えない。考えられない。
二十代前半から「縁があって生まれて来た」と、思っていた。思想で結ばれた世代の両親が、大恋愛だった。近年は「神様に、ほら、また遊んで来なさい。じゅんばん、じゅんばん。」と、背中を押されて、順番に何度も輪廻転生を繰り返しているイメージになった。自分を喜んで気持ちよく遊んでいこう、と思う。自然と、一瞬一瞬の気持ちに良い厳しさと集中力が増す。
わたしは、三歳の息子を生活に抱いている。
一度結婚はした。が、別居を続けたためシングルマザーのまま、二年前に離婚した。先月、コンビニのトイレで意識が落ちてしまい、初めての救急車に乗った。事情のわからない息子の笑顔を何とか片目に捕らえながら、手足がガタガタと震え続けた。心臓の爆音を聞きながら「神様、もう少し。頼むから、がんばるから、もう少し生かして。」と、真剣に願った。命の淵に立ったようになれば、前文に書いたように、かっこよくはなれない。
体力がないと、「きつさ」が増すように思う。子供の屈託のない要求や成長を遂げるパワーに臨むのにも、必死だ。愛情を持ち合う親子だが、一対一のマンツーマンの場面も多い。
最短だとしても、何とか残り15年は生きたい。息子が18歳になる。わたしが彼に願うことは、たったひとつだ。「逃げないで、がんばり抜く。」という力だけ。その確かさだけを青年への通過点で、確認したい。あとは、心配しない。それだけあれば、どこへ走って何の仕事でもいい。彼の感性の感じるままに、自由に飛ぶことを望む。
人間の基盤は三歳前から築かれている、と思う。親になって諺どおり、確かに感じる。それが、十代を生き二十代の精神的な土台を造る。そして、三十代のチャレンジになる。全て間違いなく、つながっていく。ご縁が呼んで訪れるチャンスに乗れるかどうかも、その「向き合う力」の如何にかかっている、と思う。三歳の彼と向き合うことは、自分の人生に向かう背中を見せながらでわたしは不器用だが、手抜きなく抜かりなく差し向けたい。
わたしは死ぬまでに一度、会いたい男性がいる。淡々と生活するのだが、彼のことを考えない日はない。自省的な生活に向かう精神になった、深い「きっかけ」をくれた男性だ。わたしの弦が勝手に、彼の生き方から拾ったことで迷惑かもしれない。その気持ちは、説明ができない。区別して理性的に考えて、言葉にしようと思ってもできない。このまま会わないで、無念な気持ちを持ってお墓に入りたくない。
神さまへ、お願い。このふたつを叶えてください。
機嫌よく、使命を果たしますから。パン!パン!
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